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30/08/2013

植村直己は就職に失敗したから海外に旅立ったのか?

昨日から、考えている。

植村直己は就職に失敗したから海外に旅立ったのか?

ここ、はっきりさせたい。

前エントリーでも触れたが、著作の”青春を山に賭けて (文春文庫 う 1-1)”では就職活動の話がでてこない。

「ヨーロッパアルプスに憧れて日本を飛び出した」というストレートなストーリーである。

ペン森通信というブログで、ジャーナリストの瀬下氏は

就職の失敗を糧とした植村直己  もし植村が順調に就職していたら、世界的な冒険家にはなっていなかった。就職に失敗したことをかれは忘れてはいなかったようで、ぼくが毎日新聞からTBSブリタニカに転じたさい「安定した職からよく転職しましたね。あなたこそ冒険家ですよ」と目を丸くして信じられない表情をしたのだ。就職できなかったかれは、窓ふきの仕事をして、新天地を求めてアメリカへ渡る。そこで実入りのいいアルバイトをしてお金をためる。”

とある。

 

植村直己に冒険家といわれたぼく
 明大農学部を卒業した植村は就職に失敗する。だが、就職しても出世にはなんの関心もなく、退社して山登りや冒険に向かったにちがいない。
ヨーロッパアルプスへの憧れ断ちがたく、まず資金が貯まりそうなアメリカ立ち寄ることを決め、移民船「あるぜんちな丸」でロスへ渡る。不法就労で強制送還されそうになるが、ようやくフランスへ着く。その経緯すら冒険だが、かれは「冒険家」という肩書きが好きではなかった。ぼくが毎日新聞を辞めると告げると「あなたはなんという冒険家なんだろう」とあきれていた。”

とも書いている。
就職してもどうせ辞めただろう。ということなのだが。

瀬下氏の退職時に、
「あなたはなんという冒険家なんだろう」
「安定した職からよく転職しましたね。あなたこそ冒険家ですよ」
と言ったというエピソードは、”就職できた成功者”対する、植村直己のコンプレックスがちらっと顔をだしたように私には思える。

で。

”コンプレックス 植村直己”でぐぐってみたら、
こういうブログに行き当たる。

閑居放談 コンプレックスこそパワーの源 ”植村直己にみる行動原理

<略>
彼は明治大学を卒業しても、就職口がなかった。周りの同級生は、みんな就職していくのに自分だけは置いて行かれていたのです。決して会社勤めが嫌いというのではなく、さりとて積極的でもない、すなわち、社会に適応できない自分というのが、重くのしかかっていたのです。高度成長期の折、山岳部の仲間はみんな企業戦士となって意気揚々と頑張っている。たまらず彼は日本を飛び出して単身アメリカに渡ったのです。ほとんど逃避行のような状況だったのです。”

ブログの管理者は無如(むにょ)とあり、植村直己との関係は不明。
本文では「彼のスタートを知る私」とある。
逃避行とは、これは、これで極端な気もするのだが、いま風にいうなら自分探し???
ま。著作の”青春を山に賭けて”はだいぶ、都合よく脚色してあるには違いないんだろう。
(この本は面白いからいいんだけどね。)

とにかく、それほど積極的でなかったにしても、とにかく就職に失敗したということだろう。

植村直己は何故、就職に失敗したのか?

Webナショナルジオグラフィック 植村直己 夢の軌跡という特集記事の中にこういう文章があった。

第1章 始まりと終わり 前編 ”用意していた小部屋に彼を講じ入れ、話を聞きはじめたとたんに、これは大変な男に取材することになったと思った。話の内容が大変というのではない。話の内容にまで行きつくのがひと通りのことではなかったのである。

 彼は一言、二言話すたびに、顔を赤らめ、大汗をかいた。比喩としていっているのではない。上気した顔面に、汗が噴き出し、頬や顎にそれが流れ落ちた。言葉がうまく出ないのである。一言いってつっかえ、つっかえたことで顔を赤らめ、顔を赤らめながら、できるだけ誠実かつ正確に自分の体験を伝えようとする。そういうことなのだろうとすぐに推測がついたが、しかし私がそう思ったところでどうにもなるものではなかった。”


ああつ!就職が決まらなかった原因はこれだ!!!面接が苦手だったんだ!!!

そして、この連載に衝撃の事実が。

第8章 故郷 前編 ”64年の冬、大学卒業を間近にひかえて、植村は実家に帰ってきた。そこで家族の前で「卒業後、外国へ行きたい」という話を切りだした。両親、とくに母の梅さんは頭からこれに反対した。

 すると植村は夜なのに家を飛び出し、円山川にかかる上郷橋の欄干につかまって、長いことシクシク泣いていた、というのである。ただし、家族の間には異説がある。「あれは(直己が)我を張って、泣くマネをしていたのだ」というもの。こっちのほうがおもしろいかもしれない。

 しかし、反対された植村にしてみれば、事態は深刻だった。修氏によれば、「ふだんはおとなしくていい子」のはずの末っ子は、夜中まで外で泣いた後、家に帰ってフトンの中にもぐりこみ、3日間の断食をやった。ハンガー・ストライキとは、ずいぶん古典的な手段を使ったものである。

 両親はネを上げて、判断を修氏にゆだねた。植村より10歳年上のこの兄は末弟を内心可愛がっていたようである。「弟があれだけ思いこんでいるんだから、やっぱり聞いてやらにゃあなるまい」と考えて、片道の船賃を工面してやることになった。”

なんやて!!
泣き落としで、兄ちゃんにお金を工面してもらったのかい!!
バイトしたんじゃないのか!!

昨日、私が書いたエントリーと矛盾するだろ!

今からウィキペディアを書き換えに行きますわ!

* 関連著作についてまとまっているサイトは
ライオンズ伝 (超個人的 人名辞典) 植村直己

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