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03/04/2006

旅行記 表バージョン2

バスの窓から見る街の風景は昔とさほどかわらないように思えた。

5年前には、空港から市街に行くバスなんかなかった。市バスに乗ろうと思えば数百メートル先の大通りまででなければいけなかったし、交通費を安く上げたければ、ターミナル出口で待っている大勢のバイクタクシーたちとの値段交渉が必要だったのだ。

タクシーはあったが、ドン表示のメーターをドル表示と偽ったり、ベトナム通貨の単位に慣れていない外国人が、桁を間違えて払ってしまう、といったトラブルも多かったようだ。まだ外国人とみれば、上手くやって一稼ぎしてやろう、というようなベトナム人が多かった。一回、上手く稼げば1週間や2週間は遊んで暮らせたのだ。

現在の空港から市外までのタクシーチケット料金は確か7ドル(10万ドンちょっと)でドルベース価格自体は10年前とそう変わらない。もちろん、メーターで行けば5万ドン~6万ドンでいけるのだが。

観光地に行くと、入場料には外国人料金があり、ベトナム人が5000ドンなら外国人は10倍以上の5USDというのが普通だった。さすがに嫌気がさすバックパッカーも多かった。

ミーソンでのことだ。欧米人が入場券を買う際に、ベトナム係員に詰め寄り大きな声で文句を言っている光景をみた。話を聞いてみると、

「ガイドブックでは1.25USDと買いてあるのに、入場料が5USDもする。誤魔化しているのではないか」というのだった。

外国人はガイドブックの至上主義だなあ、まったく。と、若かった私は、ちょっとコバカにした感想を持ったモノだけど。真相はこうだろう。片田舎の遺跡に続々と訪れる欧米人をみて、これは儲かると思った観光局あたりの役人が、思いっきり値上げしたに違いない。ベトナム人はベトナム人で

我々は貧しい、外国人は金持ちなんだからいいじゃないか。

ということだったのだろう。その頃はテイバロー(西洋人バックパッカーの意味、金を使わない旅行者というネガティブなニュアンスがあった。)などいうベトナム語もまだなかったはずで、彼らにとって旅行者はすべて大金持ちだった。

また、日本人バックパッカーは如何にしてベトナム人のふりをして安くあげるか、といったゲームを楽しもうとしたが、たいていはばれてしまう。何しろ相手は外国人から儲けるチャンスを掴もうと必死だから日本人が敵うわけはなかった。

市バスの料金はファングーラオ通りまで2000ドンである。

ベトナムにはじめて個人旅行に来たとき、まだ、「地球の歩き方 ベトナム編」はできていなかったような記憶がある。私の唯一の情報源は「格安航空券ガイド」のコラムのページを切り取ったモノで、「安宿はファングラーオへ」という情報だけだったような気がする。記憶はおぼろだ。何度もベトナムに行っているので記憶が入り交じってる。とにかく、今回も、まずファングーラオ通りを目指すのだ。

*地球の歩き方 ベトナム編の第1版は1994年3月、lonely planet Vietnam 第1版が出たのが1991年の2月。日本のバックパッカー向けガイドブックはメコンの国・・(薄い昔の版)が早かったと思う。

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