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30/10/2005

倒産その後。H社の思い出、書き出したらとまらない。

会社の倒産の話をしばらく前に書いた。昨日、続報の電話が入った。

「ベトナムのH社は今月で消滅だ。P社は民事再生法から会社更生に切り替わったようだよ。」

ベトナムのH社とは私がしばらく技術顧問・・・・名前だけは立派だ。後述するT氏が「南ベトナムのアメリカの軍事顧問と同じですね」とギャグを飛ばしていたが、実際に会社が消滅となっては思い出すと苦笑いだ。

とにかく、その技術顧問、まあ早い話が単なるアドバイザー、として関わっていた会社がH社なんだけど。親会社であるP社が、清算することになったということ。日本から3人が調べにきたという。(換金性の高いような原材料を、意識的に日本から過剰に輸入したりしての在庫として持っているようなことをしていなければ、たいした資産はないはずだと思うが・・。そのあたりを疑って調べにきたのだろう。)

この情報は私たちの料理をいつも作っていたN姉さんから元副社長に第一報が入ったらしい。彼女は日本語が堪能ではないので、ハノイの元通訳に連絡するように指示される。やっと元副社長へ元通訳から日本語で連絡。そして元副社長(元上司になる)から電話をうけた私がこのブログにメモするわけだ。こういう情報網を作っている元副社長もなかなかスゴイと思う。もともと電話好きで情報通だったのだが。浪花節的なところもあって従業員からも好かれていたのだが。

しかし、元副社長、この春に「従業員を連れて独立を画策しているという」、理由で解雇される。ほんとかどうかは、詳しくは知らない。元副社長側からの話だと、「現社長が香港の口座にバックマージンを送金させているのを知ったから」だと。話にリアリティはあるけど・・・積極的に関わりたい部分ではない。

実はベトナム女性の取り合いという話もある・・・。それは、なんだかだが。

元副社長・元通訳と元がつくのは、既に何回も日本側の経営陣が入れ替わっているからだ。元副社長も2代目の副社長である。

入れ替わるたびに、業務に習熟したベトナム人が会社を去っていった。

ベトナムでの仕事で一番重要なのはマネージャークラスの人材であることをわかっているのだろうか?

と大上段に構えてえらそうに言うつもりはないのだけれど。私がいろいろと教えてきた部下が去っていくのは寂しい。小さな会社だったのに従業員もひとつにまとまっているとはいえなかった。もちろん若い会社であるからだろうけど。当たりまえだが、能力のあるベトナム人は経営陣から重用される。ところが、経営陣が入れ替わると、それを理由に首を切られてしまう。従業員との信頼関係がないのだ。これがベトナム式なのか日本式なのか私には判別がつかない。

結局、周りには能力のないイエスマンだけが残っているような現状だったらしいから、業務的には先行きは暗かったろうとは思う。

H社は3割はベトナム側が出資していた合弁会社だった。ベトナム側の出資は土地使用権と海面使用権。日本側が出資した部分には、数年にわたる試験操業時の経費を研究開発費や技術料などという理由でかなり組み入れられていた。はず。資本金*億円くらいの小さな会社だ。

実際のところ、最初に出資した日本の会社は民事再生法適用でP社に経営権を譲ったが、結局P社も倒産ということになったのだ。

突然 T氏の話

T氏はJICAの仕事をしていたこともあって、そこで日本的ゴマカシ手法を覚えたのではないかとも、疑っているのだけど、どうだろう。通訳をしてたから、最初はツアーコンダクターが土産物屋からバックマージンをもらう感覚だったかもしれないけども。結局は裏金つくりで私腹を肥やしたということだ。ベトナム語を駆使してベトナム側の業者と談合しバックマージンを受け取る、というやり方。日本の親会社からすればたまったものではないが、海外に進出した理由がバブル時の税金対策だったらしいから、付け入られる隙が大いにあったということだろう。(当時では、税金の安い香港に子会社を設立し、香港の会社に儲けさせて、日本の会社の利益を圧縮するという手法が代表的だったと思う)

私が一番、まいったのは、

裏でベトナム側従業員と日本人スタッフが親密になるのを邪魔していたからなのだ。普段の業務が円滑に進むには意思の疎通が大事なのは当然。しかし、意思の疎通がうまくいかないほうが、間にたって、立ち回ろうとする彼には好都合なのだった。結果、ベトナム人のマネージャークラスの育成をとことん阻んでしまったように思う。当初、日本側の技術的な秘密が漏れるという時代錯誤な理由で社員に日本語を覚えさせないという方針をだしたのも彼だろう。確かに15年前のベトナムでは違和感もなくしっくり思われたのだろうね。

しかし日本人の電話を盗聴していたのもT氏である。地元公安から金でももらっていたのか、さらに私腹を肥やすためにスパイごっこをしていたのか。いまでも、わけがわからない。まあ、一応、ここで告発しておく。(笑)この話は誰も信用しないんだよなあ。

なんか、株とは関係ないなあ。つい、書いてしまいました。会社消滅なんだから、まあいいだろう。ちょっと愚痴っぽい思い出話でした。まだまだ、いろんなエピソードがあるんだけど、うまく咀嚼できない。T氏の話も、もっと人物像を突っ込んで描写するといいんだけど。どんどん話が横道にそれるから。

しかし、なんかさびしいなあ。

(「突然 T氏の話」はT氏が亡くなったことを受けて、前半部分を書き直して別のページに引っ越しました。)

http://mixed.txt-nifty.com/another/2005/12/t_2d83.html

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