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22/11/2004

イエン 2

イエンには・・・とひっぱったのに、あっさり横道にそれる。イエンの年齢は27歳だったろうか、24歳だったろうか、最期に会ったのが27歳のときだったか。またまた、私の記憶はたよりない。イエンが27歳といっていたとき、世の女性の例に漏れず、30歳を少々越えたあたりだったんじゃないだろうか。と今になって思う。べつに歳のことはいいか・・。
ディスコフロアとカラオケルームとバーカウンターがある外資系ホテルの付属施設。(ホテルとは独立採算性であった。)そのなかの、ディスコフロアとカラオケルームがイエンたちの職場だった。普段はディスコフロアで踊っていて、お客に呼ばれればカラオケルームで花を添える、という仕事。アジアでカラオケといえばいかがわしい場所と考えるむきもあるだろう。けど、外資系ホテルということもあって、地元公安当局との関係が薄いためか、早い話が賄賂をつかってないためだ、法遵守で、実に健全な場所だった。ここで働いている女の子達は、「私たちは外国人相手なのよ、*カーベアではないのよ」、というプライドがあるようで、その論理はよくわからないのだが、とにかく微妙なバランスの上で働いていた。それに、美人なら、もっと若ければ都会のハノイに行くだろう。もっとアンダーグランドな店に移ればもっと稼げるだろう。割り切って上手に金持ちの彼氏を捕まえる方法もある。そんなことをするわけでもない。とにかく、そういう不器用なごく普通の女性が当時はそこに集まっていたように思う。田舎者ばかり。カラオケ勤めといえばベトナムという保守的な社会で世間体は悪いにはちがいない。働いているのは食堂とかなんとかいって田舎からでてきてるに違いない。もちろん、そうでないことは誰もが承知だが、そこは暗黙の了解なのだろう。お客に呼ばれてカラオケルームに行っても、マイクを握ると自分だけベトナム歌謡曲を連続でうたってしまうような接客の素人。
今、思えばのんびりしたものだ。イエンがいなくなった頃、そんな時代も、あっという間に変化していく・・・・。

話をイエンにもどそう。多少の人望があったのか、単に年の功だったのか、イエンは職場ではママをしていた。月給が100ドルで、お客に女の子達の配分や管理をうまくするのが仕事だ。普通の女の子は月給が30ドルくらいではなかったろうか。あとはチップで稼ぐ。ママはチップ収入がないので大きく稼げないが手堅いというポジションである。私はイエンとは気楽にはなせるような気がしたものだった。イエンは、ここより都会のハイフォンで働いていて外国人慣れしていたからかも知れないし、他の女の子とは違って、どこか冷めた部分が見え隠れしていてそこに惹かれたのかも知れない。


*カーベア  ホステスのこと。ニュアンスは売春婦に近い。侮蔑語。外来語のようだが語源は不明。

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