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19/10/2004

映画のシーンが目に浮かぶ

LOVERSの小説版。たいてい映画のノベラゼーション本というのはあっという間に品切れ絶版となってしまうので、古本屋で見つけて、とりあえず買った。常に映画のノベラゼーションは新刊では買うほどは期待できないという微妙な位置づけだし。でも「LOVERS」小説版はひろいものでした。

小説版は劉(アンディ・ラウが演じた)が、昔の出来事を回想するという構成です。すべて劉の「思い出」なのであのチャン・イーモウ映画の「美しい映像」も必然性はありだったのか。などと思い。

私の記憶はまちがっていない。
あの雪が降るはずのない季節に、確かに大雪が降ったのだ。とても静かに、音もなく、たちまちのうちに世界は銀白色となった。純潔な夢境のようだった。羽のような雪の花が、ひっきりなしに満点から舞い落ちた。(LOVERS リー・フェン著)

やはり映画のシーンが目に浮かびます。

時代は唐代ですが。補頭(警察) VS 飛刀門(反政府組織)で、けっこうノワールな味がありますね。補頭の劉(アンディ・ラウの役)が、どんどん嫉妬によっておかしくなっていき、破滅に進んでいく。主人公の劉が・・・主人公は劉なのです・・・語っていく内に少しづつ、様々な謎が明らかになっていくという構成ですけど、一人称の語りときたら、ミステリ読みなら叙述ミステリだなと考えます。なかなか、凝った武侠小説。

映画との違いは・・・・・・少々ネタバレ・・・・・・

様々な謎。
1.飛刀門の前幇主を罠にかけて殺したのは誰か?(映画ではカットされている。)
2.前幇主の娘は誰か?(映画では・・・・・)
3.飛刀殺の奥義の行方(映画ではカットされているが、伏線のワンシーンだけ残っている。小説版でもあまり重要視されてないけど。)

*.映画では劉と小妹が昔の恋人同士という話だったが、小説では劉は小妹に恋をしているが、小妹は組織(飛刀門)の命令で劉を操るために恋人として振る舞っていた。ということになっている。映画では小妹(チャン・ツィー)が小金(金城武)に心変わりしたようで不自然だったので、かなり、すっきりしましたね。

映画はあまりノレなかったという小丸さんのところにトラックバックしてます。ちょっと小丸 LOVERS<謀> 

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16/10/2004

カタカタカタ カタカタカタカタ

維新派の「キートン」を見に行った。キートン映画がモチーフ。とはいえ私はキートンは全然みてないのだ。
カタカタカタ カタカタカタカタ
観劇の前に、併設している屋台村で、缶ビールとロコモコやらシシカバブやらタイカレーやらで腹ごしらえ。この前の台風で公演が中止になった時も屋台村は営業していたらしい。なかなか便利だ。エスニック系が多いのだが、職人がいてすしを握ってくれる屋台があった・・・・。終演後は豚汁の屋台が大人気。
カタカタカタ カタカタカタカタ
主人公のワタルが映画館のスクリーンに入っていくという導入。そこはキートンの世界。巨大セット。変な走り方の男。機関車。花嫁。活字。映写機が回る音を表すカタカタカタ。カタカタカタ。というボイスが耳に残って、次の日もついついカタカタ言っていた。変な走り方は真似できない。
カタカタカタ カタカタカタカタ

10月16日 ふれあい港館臨時第三駐車場 野外特設劇場 D列の右端。 

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11/10/2004

ヤドカニ売りの憂鬱

車上ホームレスのK氏の商売はヤドカニ売りだった。巻き貝に住んでいる十脚目のあの生物は彼の頭の中では「宿借り」ではなく「宿蟹」らしいのだ。生活道具一式は住まいにしているワゴン車に収納されている。もちろん長靴とバケツも。麦わら帽子に長靴を履き、手にはバケツ。磯に行ってヤドカリを探す。モトイ。ヤドカニを探すのだ。ヤドカニを集めると、釣り人に餌として売り、糊口を凌ぐ。いつだったか。去年か一昨年か。いきなりスラックスに革靴姿で現れたことがある。ヤドカニの売れ行きが好調な年で小遣いも豊富。田舎の喫茶店を改装したようなスナックに入り浸りであったという。ヤドカニバブル。K氏はすっかりスナックのママに入れ込んでいたというが。どんな商売でも一度はバブルがあるものだ。

今年は台風が多い。しかも週末にかかることが多いので商売はあがったりだろう。


「ヤドカニあります 海をきでいにしましょう」

ヤドカニ売りの看板が雨に濡れている。
K氏が気をきかせて書いた標語の字が間違ってる。

件のスナックは潰れてもうない。(ママが男と逃げた)

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いつわりは真実を生むためのつわり

久しぶりに野田秀樹の演劇をみた。夢の遊民社の頃はよく見たのだけど。チケットを取るのが面倒になったせいもある。「赤鬼」は何度も上演しているようだが今回はじめて。「4人しかでてこないという野田の演出」もはじめてなので興味深かった。一人何役もの演じわけは前半はちょっとのれない。なんか観ている私とリズムがあわない感覚。初見でなかったら。または、もっと前でみたらのれたか。水銀役の大倉孝ニが台詞を数度かむ。大倉孝ニのテンションがちょっと低い?他の役者のテンションとちょっとバランスを欠いていた?「偽りは、真実を生むためのつわりだ」という台詞がもっと響いてきてもいいのだけれど、「偽り」のドライブ感が弱くて「つわり」も弱かったということか。小西真奈美が良かったです。

もう一度、千秋楽あたりに観たいと思った。他のバージョンも観たくなった。

*新宿の金券ショップで、この公演のチケットを、結構みかけた。売値はすべて定価以上でプレミアムが付いている。人気のほどが伺える。

赤鬼 日本バージョン
10月3日 19:00 シアターコクーン 席 BR 9(舞台袖の野田が間近にみれた。)

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10/10/2004

東洋的古代

金曜日に丸善の丸の内店に行った。買ったうちの一冊の「東洋的古代」。表紙の写真が始皇帝陵から出土した四頭立銅馬車模型。先週の土曜日に上野の兵馬俑展に行って来たばかりなのでなんか縁を感じるな。と思いつつ。その「東洋的古代」を読んでいたら、漢字のことが書いてあった。

漢字の性質は象形文字から音符文字へと発達していく過渡の形として理解する方が歴史学的
なぜアルファベットのように音符化されなかったかといえば、文字の庶民化が中途半端だったから。(庶民化されたからひらがなとカタカナが生まれたんだろうね)音符化されなかっために、発音が変わっていっても漢字は変化できない。漢字には幾通りもの発音があるのはそのせい。(文字の言語に対する不従順性と書いてある。)文字と言語が離れていったために、一つの国・時代の発音にしばられることなく漢字という文字が広まっていった。とまあ、こういうことらしい。(私の読解ではです。)
漢字の功罪は長い歴史を通じて判断さるべくして、ひとえに文字は言語に隷属すべしという原則からのみ論ぜられるべきではない。寧ろ私をして言わしむれば、例えば数字のように、それ自身が音価を持たず、1と書いてそれが英語のone にもなり、1st のfir にもなり、音楽のドにもなり得るような世界共通の符号こそ最も高度の文字性を有しているのではないかと思うのである。象形文字が音符文字に変わったのは、確かに一つの進歩であるが、同時に文字の言語に対する独立性を失ったことを認めなければならぬ。この点から言えば漢字はその言語への不従順性、独立性の故に責められるべきではない。
                     (東洋的古代 宮崎市定 中公文庫)

適当に抜粋したのだけど。たしかに漢字についても「文字は言語に隷属」するという前提で語られていることが多いみたい。それって、なんか違うな。と内心、反発していたので、これを読んで私はすっきりした。
中国で、発音することが出来ないのに中国の文字=漢字の意味がわかる日本人、を不思議がる西洋人というのもよく聞く話で。文字の言語に対する独立性か。などと考えながらロラン・バルト(なんか、懐かしい名前)は「象徴の帝国」で文字についてなんか書いていたのかな。けれど該当の文庫本はどっかにまぎれてしまって見つからない。「象徴の帝国」の表紙は仏像だったのですが、あれどこの仏像だったかなあ。

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09/10/2004

読んだ本 おぼえがき 10月

図書室の海
恩田陸〔著〕
恩田陸の本を既に何冊も読んでいるファンにとってはすごく楽しめる短編集だった。


キマイラの新しい城(講談社ノベルス)
殊能将之著

傑作だと思います。


φは壊れたね(講談社ノベルス)
森博嗣著

ひさびさのM&Sシリーズだけど犀川先生も西之園萌もあまりでてこない。いつもの森博嗣的世界はあるけど、まあちょっと薄味。

彼女は存在しない(幻冬舎文庫)
浦賀和宏〔著〕
もともと、安藤直樹シリーズ(あまり評価されていないのが寂しい)のファンです。シリーズものではないのでしばらく積んであったのを、久々に手に取った。多重人格もののミステリ。ラストでおおっつ、と思い、どっかインチキしてないか、一生懸命後戻りして探してしまいました。


風樹の剣(新潮文庫)
北方謙三著

日向景一郎シリーズ3冊をブックオフで見つけて読む。主人公が成長していく第一巻の風樹の剣が一番面白い。


中国ニセモノ商品(中公新書ラクレ 138)
馬場錬成著
中国関連なので読みました。

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01/10/2004

読んだ本 おぼえがき 9月

9月は本を買うだけでほとんと読まなかったなあ。


食の堕落と日本人(小学館文庫)
小泉 武夫

日本の食の現状に対する小言ばかりで面白くなかった。

獅子の門 白虎編(カッパ・ノベルス)
夢枕獏著
最新刊、第5弾。面白いが、刊行のインターバルが長い、長すぎる。第一弾がでたのいつだっけ。
寄り道して考える(PHP文庫)
養老孟司著・森毅著
たとえば、親族殺人が起こると、「親子であるのに親を殺すなんて」という言われ方をします。しかし僕は反対だと思うのです。かなり腹がたっても隣のおじさんは殺しづらい。自分の親の方が距離が違い分、殺しやすいと思うのです。
と森氏が言っていてなるほどと思う。

これくらい、あと毎日、寝る前に少しづつ
完訳フロイス日本史 1を読んでいた。

完訳フロイス日本史 1 織田信長篇(中公文庫)
ルイス・フロイス著・松田毅一訳・川崎桃太訳

布教の許可を得るために司祭があちこちたらい回しされるのが面白いけど、あとは布教活動の苦難が延々と・・・。全12巻なので、まだまるまる11巻残ってる。いつ読み終わるんだろう。

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