« tháng tám 2004 | Main | tháng mười 2004 »

29/09/2004

台風と模造紙とフリップ

緑の建物の下の方が濁流で溢れている画面。「Y川が溢れて・・・」とテレビニュースで言っている。あれは見覚えがある。「**の*に*が降るのだ」という長い名前の喫茶店だ。あそこの川の名前はY川だったのかとひとつ賢くなる。しかし、あのあたりは台風の影響で酷いことになってるらしい。
台風、ベトナムではBAOという。声調記号は「~」。(声調記号はどうでもいいのだけど。)つい5年ほど前、ベトナムテレビの天気予報をみてびっくり。テレビの台風情報は進路図が模造紙にマジックかなんかで書かかれている。うーん、この時代に模造紙かあ。そういえば、元船乗りだったベトナム人themさん、ラジオを聞いて自分で進路予想図を書いていた。ラジオの台風情報から、台風の現在地の緯度と経度をきき、地図に書き込むわけだ。もしかしてテレビ局の台風情報も同じシステムだったのかもしれない。そんなことないか?
今ではベトナムテレビの台風進路図はCGになってる。厚紙のフリップあたりでいいのに。いきなりCGにならなくても。

と思考はジャンプしフリップについて。フリップは日本独自の文化?アーサーの日本語つれづれ草

ある事件の経過や、話題に関連する統計や、グラフ、またはQ&A形式で何かを示す場合、アメリカのテレビ局はマルチ画面というか、CGで作った映像に切り替えることが多い。それに対して、日本ではアナウンサーが厚紙かベニヤ板でできた「フリップ」を手に、指をさしながら説明していく。途中で「めくり」と呼ばれる、フリップに貼られたシールをタイミングよく剥がしたりもする。(略)
日本のテレビの根底に、 IT バブルの一つや二つではかき消されない、世界に誇れる語りの文化たる紙芝居がある。だからフリップは今も健在なのだ、とぼくは思う。
 「ゆっくり抜きながら」とか「さっと抜く」とか、紙芝居のト書は今、テレビの「めくり」の演出に応用されている。紙芝居の土壌がないアメリカのテレビは、映画から受け継いだ「ワイプ」というのをたまに使うけれど、緩急よろしきを得た生身の人間がペローッと剥がしたほうが、どんなに効果的か。

やはり、ベトナムのテレビもフリップを使って欲しかったな。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

25/09/2004

回答する楽しみを意識する

ここ数日。Yahoo知恵袋にはまっている。質問する人がいて、それに答える人がいて。複数の回答のなかで良いと思う答えをベストアンサーとして質問した人が選ぶ。というだけのシステム。
くだらない質問とか単純な質問とか人生相談風の質問とかあって。(はっとするような質問はほとんどない。)
興味深かったのは、「そんなことくぐらいは辞書を引きなさい。」というような冷めた回答に対して「回答する楽しみを奪うな」という反論があったこと。と。「どうしてグーグルで検索せずにここで質問するのでしょう?」という答えに「回答するのが好きな人がいます。質問するのが好きな人もいるでしょう。」というモノ。
ほとんどがたいして役にたたない質問と回答だと思うけど質問好きと回答好きが集まっていると思うと面白い。質問に答えるという単純なシステムなので掲示板のように荒れることがほとんどないのもいい。ただ、気の利いた回答を狙ってもけっしてベストアンサーに選ばれない。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

21/09/2004

武侠に理由はない

十面埋伏 Loversを観た。わざわざ原題の十面埋伏を前にをつけるのは、映画内容がどう考えてもLOVERSより十面埋伏だから。

原題は小説、映画共に『十面埋伏』。「あたり一面の待ち伏せ」という意味で中国の古典音楽より。が、元は秦滅亡後の項羽と劉邦(漢の高祖)の戦いで劉邦側が用いた戦法に由来する。多足の思考回路さんのHPより

辺り一面の待ち伏せを金城君とチャン・ツゥイーが切り抜けて逃げていくという武侠映画。前作の英雄 HEROが武侠映画として宣伝してたのは大疑問だっただけに、十面埋伏はまことに正しい。「愛」なんて単なる客寄せの演出だ。武侠って平たくいえばチャンバラですからねえ。おすぎだったかピーコだったかが(最近は兄弟でテレビにでてるのでどっちの発言かわからぬ・・)「二人が愛し合う理由がわからない」と苦言を呈していた。が、チャン・イーモウ監督、このあたりは確信犯だったと思う。
金城は「3日のうちに発生する恋愛を、(脚本の)文字の上では実感できなかった」と率直に告白。「だから監督に”2人の愛はいつ始まったのか”と質問したんです。そうしたら監督が”愛に理由はない”って(笑)・・後略」(CHAI 10月号 7月27日の来日記者会見の記事)
武侠映画にも理由はない。面白かったらいい。前宣伝の「愛」にこだわると楽しめないですよね。ほんと。ストーリーも「インファナル・アフェアかよ」とかつっこめるし。
一番は竹林のアクションシーン。なかなかいいです。なんか竹林って武侠映画の定番っていう気もしますね。どの武侠映画だったかな、竹林で待ち伏せしていた敵が地中から現れるというシーンを鮮明に思い出します。竹がせり出して敵が登場という・・・。サモハン・キンポーの「戦神 ムーン・ウォーリアーズ」だったかな。出演はアンディ・ラウとアニタ・ムイですね。(十面埋伏ではクレジットでアニタ・ムイを追悼していた。合掌。)
香港映画にはサービス精神満点の武侠映画(その分、つっこみどころ満載)がいっぱいあるのだが、美術にお金を使うとこうなるのかなあ。サモハン・キンポーがワダエミを使ったらどうなるかなあ。予算たっぷりで。

蛇足 古武術の甲野善紀氏によると投げたナイフ(手裏剣)は刃先が上を向いて飛んでいき的に当たる前に水平になって刺さるらしい。十面埋伏の1シーンのように回転してから刺さるわけではないようだ。。

| | Comments (0) | TrackBack (1)

19/09/2004

ワイシャツの値段と宿泊費

このまえ、ネットで探して、一泊3800円の小さなビジネスホテルに泊まった。場所は別段悪くはない。大通りに面する大手のホテルの裏。しかし、そのホテルはすごくアジア的な雰囲気を醸し出していた。フロントは一見して無愛想なおばさんが座っている。たいていこういうおばさんは常連になればすごく親切に違いない。ロビーの黒いビニール張りのソファーセットが古めかしい。そばの本棚にくつろげるようにとマンガや雑紙が並んでいる(ようだ)。ロビーの(というほどの広さもないのだが)その脇のサッシ戸を開けて外に出ると2階の客室に向かう階段があるという風である。中国なら、地方の100元のホテルのレベルかな。
着ているワイシャツの値段が泊まるホテルの値段とほぼ同じだ。という話をよんだことがある。開口健のエッセイだったか、はっきりしないけど。私がそのとき着ていたシャツは9000円くらいの木綿のシャツだった。ビジネスホテルで一泊9000円。まあ、確かに、そのあたりが一番無難な価格帯だと思う。3800円だと、開高健のいうように、(いや、開高健がいっていたか記憶がさだかでないんだった)3800円くらいの作業服かTシャツで泊まればしっくりくるのだろうね。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

15/09/2004

石灰と網とごーへー

「刃物はイシバイ(石灰水)に浸けておくといいよ」もう、何十年も前だろうか、バイトにきていた漁師のYおじさんが、子供の私に教えてくれた。。森博嗣の「臨機応答・変問自在」を読んでいたらそれを思い出した。

Q 私の家の近くの建設途中のRC造のマンションは、鉄筋がところどころ赤く錆びていたと思うのですが、その鉄筋をそのまま使って大丈夫ですか?少しの錆は許容しても良いのですか?
★ 建前としては、錆びていては駄目だが、実際は少々錆びていても大丈夫。コンクリートのアルカリ中で錆は消えるともいわれている。「臨機応答・変問自在」 森博嗣

なるほど、石灰水はアルカリだから刃物を浸けておくと錆びないということなのか。化学的裏付けがあったとは気が付かなかった。漁師のYおじさんがそのことを知っていたかどうかは不明である。(今は、刃物を石灰水に浸けておく錆止め方ってどうなんだろう。ネット上で探したけれど実例はみつからなかった。そうそう、「サビん象」という名前の錆び止めの溶剤もあった。うーん。このべたなネーミングはどうだ・・・・。漁師は使ってないと思う。)

網からコワリ(生け簀)をつくる時に「数学の√2を教えてほしい。」と私に言っていたのもYおじさんである。網の目は伸びる(変形する)ので材料の網の準備とできあがりの深さを計算するのに三平方の定理でも使うのだろう。さて漁師がよく使う言葉に「ごーへー」という言葉がある。ご存じの通り、「GO AHEAD」という英語がなまったモノなのだけど、この言葉を聞くと、つい綴りを頭の中で確認する私である。

なんかほとんど森博嗣関係ないなあ。

臨機応答・変問自在(集英社新書 0088)
森博嗣著

*森博嗣の新刊「Φは壊れたね」を購入。西之園萌がまた登場するようだ。未だ読んでません。

*9/17日に加筆しタイトルを変更しました。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

13/09/2004

曖昧な世界を曖昧なままで

しかし私の方法論は、曖昧な世界(カオス)を曖昧なままで表現するものです。そして、その解釈、判断は観客に委ねられます。 平田オリザ著 「演技と演出」より 
平田オリザの本は面白いですね。役者とはなにか?演出家とはなにか?論理的で懇切丁寧でわかりやすい。引用した部分は従来の近代演劇の作り方に対して平田オリザの演出の仕方を述べたもの。曖昧なものを曖昧なままで表現するのって難しいよね。曖昧な世界に生きてることは実感してるのだけど、そのためかえって、すっきり説明してほしい、と思ってしまう。でも曖昧なモノをすっきり説明しようとする作業のなかでなにかが失われてるんじゃないかという不安がどこかにある。

などと曖昧なことを考えました。

演技と演出(講談社現代新書 1723)
平田オリザ著

| | Comments (0) | TrackBack (0)

12/09/2004

残雪断橋

テレビで尖閣諸島の問題をやっていた。2ヶ月ほど前、よそに書き込んだモノをちょっと手直して再褐。いわゆる手抜きですね。手を抜くとかたい話題になるのはなぜだろう?

東京新聞の記事『大型やぐらに隣接して採掘施設「天外天」のやぐらが新たに建てられたほか「残雪」「断橋」の建設が計画され、本拠地は四施設の中央になるとみられる。』(この記事は現在ここで読めます。 Yellow Hiro's TOPIC#2-31g 中国・東シナ海天然ガス開発/春暁ガス田群) 「残雪」「断橋」ときたら、杭州の名所の名前。「天外天」ときたら杭州の有名中華料理レストラン?とにかく、この施設をネーミングしたのは杭州出身の役人ですねえ。まちがいない。などと思いながらネット上をふらふらしてたら。中国側はこの油田のあたりを「西湖盆地」と命名していることが判明。西湖は中国十大風景名勝の一つで杭州第一の観光名所。その湖に残雪断橋という所があるんですよね。なるほど、そういう構成か。この西湖も”北宋の詩人蘇東波が、その詩の中で中国古代の美女西施にたとえて「西子湖」と詠んだことから、西湖と呼ばれるようになった”とか。 日中間の国益をかけた争いの場所に、蘇東坡にあやかった西湖、残雪や断橋とつけるなんて、この中国のイメージ戦略はなかなか、センスいいですね。余裕たっぷり。

日本側は対抗して、帝国石油、石油資源開発、芙蓉石油開発、うるま資源開発の4社が試掘などの探査活動を開始。おそいぞ。日本の採掘施設はどんな名前にするんでしょう?注目!

「この中国のイメージ戦略はなかなか、センスいいですね。余裕たっぷり。」などと書いたのです。が、今日のテレビで、10年ほど前から中国の教科書では尖閣諸島は中国の領土と教えていると知りました。加えて蘇東坡にちなんだ採掘施設名の合わせ技。ほんとにすでに中国の領土みたい。したたかですね。

*メモ
【天外天】  住所:杭州天竺路2号 電話:0571-87965450
1910年に創立した天外天レストランは霊隠寺飛来峰の麓にある。栗と鶏の炒め、天竺精進料理などが看板料理。杭州の名物料理で“龍井茶と蝦の炒め”は天外天が最初に考えた。


| | Comments (0) | TrackBack (0)

11/09/2004

チャーリー・ビクター・ロミオ

なんとなく、いぜんみた演劇の『チャーリー・ビクター・ロミオ』(『CVR』)のことを思い出したので、燐光群のサイトにリンクをはっておく。

(前略)限られた時間の中で俳優たちは資料を読み、飛行機や操縦の勉強をし、あくまでも航空の門外漢の「演劇人」として、可能な限り誠実にこのテキストと向き合おうとした。これが正しい選択であることを、私は何度も思い知らされた。
とはいえ、スーシティのCVR記録の断片はアメリカ人なら誰でもニュースで耳にしたことがあるはずだという。日本でも1985年の日航機事故には皆がそれぞれのイメージを持っている。だが、そうした「伝聞」「風聞」に類するものは、何の役にも立たない。コックピットにいた者たちには「知り得たこと」と「知り得なかったこと」がある。その厳しい真空のような「狭間」について、どのような後付けの「解説」が意味を持つというのだろう。他の事故も同様だが、「コックピットの時間」そのものに真摯に取り組まない限り、憶測さえ許されない作業だ。後略。(坂手洋二)

と書かれてるように墜落した航空機のボイスレコーダーを元にした演劇ドキュメンタリー。悲劇的な事件を題材にした場合は感動させようとするドラマより、こういうシンプルなのがいい。今日のテレビは9.11の後付けの解説・憶測をやっている。NHKの衛星放送でやっているABCでは9.11追悼式典をやっている。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

10/09/2004

レンタルDVD

オンラインDVDレンタルのDISCASの会員にはいっているのだけれど。ちかごろ、DVDを観るペースがめっきり落ちてしまった。月に8枚まで1974円コースなので、最低でも4枚はみないと・・・・。

そのDISCASを経営するレントラックから株主優待品が届いた。上海ルージュとイノセント・ボーイズのセットのDVD。しかし、いつみれるかは不明。まず、借りているDVDをみるのが先決ですね。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

09/09/2004

JIU JIU

9月9日は(JIU JIU) で酒(JIU)と音が同じ。
中国では古来、秋の重陽の節句に家族や友人と菊花を浮かべた酒などを飲んで祝い楽しんだらしい。

九月九的酒という流行歌があると読んだので探し出してきた。(化けた簡体字等はを置き換えてみた。)

九月九的酒

又是九月九重陽夜難聚首
思郷的人儿[票風]流在外頭
又是九月九愁更愁情更憂
回家的打算始終在心頭
走走走走走啊走走到九月九
他郷没有烈酒没有問候
家中才有自由才有九月九
親人和朋友挙起杯倒満酒
飲尽這郷愁醉倒在家門口
家中才有自由才有九月九噢


故郷を思って酒を飲む歌なのだろうか、不勉強なんでちょっとわからない。
(辞書ひくのめんどうなだけ)

杜甫の「登高」 という七言律詩の後半

萬里悲秋常作客         万里 悲秋 常に客と作り
百年多病獨登臺         百年 多病 独り台に登る
艱難苦恨繁霜鬢         艱難 苦だ恨む 繁霜の鬢
潦倒新停濁酒杯         潦倒 新たに停む 濁酒の杯


これはまさしく重陽の日に故郷を思って一人寂しく酒を飲む、という詩。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

08/09/2004

カフカの日記

夜おそく村に着いた。あたりは雪に覆われ、霧と闇に包まれていた。(ちょっとアレンジ。)これはカフカの「城」あるいはカフカの日記なのだ。カフカの城は愛読書の一冊だった。海外生活で気疲れしたときに読むとなかなかいいのですね。で、池内紀の「となりのカフカ」。あちこちとびとびにつまみ食いするように気軽に読めるカフカのエピソード。その第10章は「日記のつけ方」。カフカがBLOGをつけたらどうなるだろう。などと思いつつ。カフカは身辺雑記的なことを日記に書いていない。日記の記述のようだが、実は日記ではなく小説のでだしだったりする。日常の記録と小説の断片とが混在している。カフカファンの私としてはそんなBLOG書きたいぞ。読む方は困るな。

となりのカフカ(光文社新書 164)
池内紀著

| | Comments (0) | TrackBack (1)

アンブローズ ビアス

小丸さんからトラックバックをいただいたので昨日の続き。そしてアンブローズ・ビアスの話。
ちょっと小丸: 泥だらけの純情

二人の関係性や、淫売や馬丁といった言葉に時代を感じるものの、中平康の演出自体はスタイリッシュで、おしゃれ。スピード感のあるカットワークが小気味よく、全体的にスッキリした印象を受ける。
ただし後半、主人公二人が寄り添いあい、家出を決行した辺りから、長回しが多くなり、少々冗長。
と書かれている。さて映画の話。後半、小丸さんも書かれているとおり雰囲気が変わる。
追われる二人は、どこか線路沿いのアパートをひとまず借りる。通り過ぎる列車の音が喧しい。部屋での幸せな時間。二人は思いついて雪山へ。雪山行きが唐突だ。ここまでで私はアンブローズ・ビアスの型かなと思った。けっこう知られてると思うが、ビアスの有名な一編。「アウル・クリーク橋の一事件」のこと。(ネタばれですが有名な短編だからいいでしょ。)
・・・・・つまり二人は既に死んでいるんじゃないのかと思って映画の雪山シーンを観てしまったわけ。
・・・・雪山で戯れる二人。ポケットからこぼれる睡眠薬の瓶。バーンという効果音。シーンがかわって雪山で死んだ二人が見つかる。というのが映画の流れなのだが、ビアス型なら
雪山で戯れる二人。ポケットからこぼれる睡眠薬の瓶。列車の効果音。死んだ二人が見つかるシーンは削除となって、二人は雪山に行かずに部屋で死んで・・・・?!となるのだが、これだと暗すぎるからかなあ。原作はどうなっているんでしょ。

ところでチンピラ役の浜田光夫がアイアンキングとは知りませんでした。

*。「アウル・クリーク橋の一事件」が収録されている、アンブローズ・ビアスの短編集の決定版、創元推理文庫「生のさなかにも」は品切れのようです。岩波文庫「ビアズ短編集」は入手可能かも。角川文庫「死の診断」、角川ホラー文庫「吊された男」等々もあり、古本屋で探すべきか。

| | Comments (1) | TrackBack (1)

07/09/2004

雪だるま

映画「泥だらけの純情」を見に行った。外交官の令嬢と街のチンピラの純愛もので身分違いの恋愛という定番ですね。
ここまで時代背景(1963年公開)が古いと私にとっては街の景色も興味深いですね。(やはり飲屋街はナンジャタウンです。)ストーリーはべただし、純愛モノはそういうものなんでしょうけど。ラストのエピソードの積み重ねは少々しつこい(説明過剰)のですが、面白かったです。

逃避行の末、二人で行く赤沢。雪山で雪だるまをつくるシーンがあります。そこでこんなblog発見です。冬のソナタへ寄せて・・・(トラックバックさせていただきました。)

タイトル忘れちゃったけど、吉永小百合主演のお嬢様とチンピラの恋を描いた映画、雪の中、二人で戯れるシーンなどは、冬のソナタのチュンサンとユジンを思い出してしまったり。
まあ、ユン・ソクホ監督がこの映画を参考にしたって事は、ないでしょうけど・・・。

それは私が今日みた泥だらけの純情です。冬ソナはみていないからどこまで参考にしているのかわからないのですが。ドラマの「北の国から」を参考にしたという説もあったような。「北の国から」もみてないからわからないや。

| | Comments (2) | TrackBack (1)

05/09/2004

最後の物たちの国で

海外で内乱とかテロとか犯罪とかのニュースを見聞きすると、いつもポール・オースターの「最後の物たちの国で」を思い浮かべるのですね。(今回のきっかけはもちろんロシアの学校占拠事件です。)よく20世紀の寓話と紹介されているのだけど。いまではどこかの国の現実かも。といった気持ちになるわけで。

私自身は自分が書いた本の中でもっとも希望に満ちていると思っています。
 / ポール・オースター
らしい。でも暗いです。逆説的な言い方なんじゃないかと。どんどん状況が悪くなっていくところが怖い・・・・。なにもかもが崩壊していって、最期に希望しか残らないということでしょうか。
最後の物たちの国で(白水Uブックス 131)
ポール・オースター〔著〕・柴田元幸訳

| | Comments (0) | TrackBack (0)

03/09/2004

凡庸か放物線

昨日の続き。オリンピックのことばの話。北島の「ちょーきもちいい」が凡庸というより、(記録は凡庸でないのだから)やはりすべてを「感動」でくくるマスコミが凡庸なのかな。
「しんしんのしんげつめんがえがくほうぶつせんはえいこうへのかけはしだああ」と叫んだ実況はどうなのだろう。ひらがなで書くと意味がわかりにくい。いかにも机の上で練り上げましたという、台詞、巧いのは確かだが、こういうのが耳につくと、今度は凡庸な台詞ががいとおしくなるんだろうね。とりあえず、わたくし的には架け橋は放物線ではなく懸垂線だろとつっこんでおきたい。
ちなみに伸身の新月面とは後方伸身2回宙返り2回ひねり。よく、わからない・・・。

福原愛の受け答えがマスコミ批評になっていて聞いていて楽しい。一番の名言は「そんなきれい事じゃないと思います」というやつ。いつも本質をついてるから、困って、とりあえず「愛ちゃん節」として処理するマスコミもどうなんだか。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

02/09/2004

「気持ちいいー」は凡庸だ

モードの迷宮の鷲田清一が文庫になっていたので買って読んだ。1990年代に書かれたモノが多くて、とこどころ世紀末なんて単語が。いまじゃ、なんとなく、恥ずかしいようなことばになってる。つい、このあいだのことすぎるのだね。

男の方が絶望が深いな。簡単、シンプルという点では、最近は「気持ちいいー」とか「感動」とか、言葉で素直に言える若い人が増えていませんか?僕らのころには凡庸だと感じられていえなかったような・・・・・・。
    (遊びをせんとや・・・  世紀末のキーワード P122から)
私もすっかり、同じ世代なのか。鷲田先生は1949年生まれだから、私と全然ちがうんだけど。とにかく、この感覚はよくわかる。凡庸だ。オリンピックのあの選手の言葉はあまりに凡庸だった。もちろん素直に言えるという美点にウエイトがかかっているのだから、それで、いい。あの選手の言葉、はっきり書けば
北島康介選手の「超気持ちいい!」に64.7%が感動
これのこと。気持ちいい感動。たしかに凡庸だ、恥ずかしい。こそばゆい。新世紀の気持ちいい感動の洪水も閉幕した。鷲田先生に感想を聞いてみたい。


ことばの顔(中公文庫)
鷲田清一著

| | Comments (0) | TrackBack (0)

01/09/2004

しるかけご飯にナンプラー

あいかわらずアジア料理に拘泥しているわけだけど。テレビから聞こえてきたナンプラーという単語に反応。NHKの今日の料理。しるかけごはんにナンプラーを少しかけて、シャンツァイをのせる。というのをやっていた。なんだそれ。しかし無情にもNHKのWEBには塩豚のシンプル焼きのレシピを載せ、こう。

出典:今日の料理テキスト8月号より抜粋。「ゆで塩豚」「ゆで塩豚の葉っぱ巻き」「汁かけご飯」「塩豚と野菜のみそスープ」についてはテキストをご参照ください。
私が知りたいのは「汁かけご飯」のレシピなんだけどなあ。宮崎の冷や汁とはちがうんだよね。冷や汁とは
宮崎を代表する郷土料理で、小アジなどの白身の魚を焼き、身をほぐし、香ばしく焼いた麦みそを合わせて、すり鉢ですりつぶし、だし汁でのばして、青ジソ、ゴマ、キュウリなどを混ぜ、麦めしにかけて食べる。暑い宮崎の夏ならではの料理。熱いご飯に冷たいかけ汁をかけてサッと食べる。 宮崎県 郷土料理

らしいのだが。冷や汁の青じその代わりにシャンツァイ、ごまの代わりにピーナッツを入れて、ナンプラーをタラリ・・・。と頭のなかでアレンジ。これって、どうなんだ?

| | Comments (0) | TrackBack (0)

« tháng tám 2004 | Main | tháng mười 2004 »